歯科検診で「小さい虫歯がありますね」と言われたものの、「これはまだ治療の必要はありません。経過観察しましょう」と歯科医師に告げられ、戸惑った経験はありませんか。虫歯と聞くとすぐにでも削って詰めてほしいと思うのが患者心理かもしれませんが、実は全ての虫歯が即座に治療対象となるわけではありません。特に「小さい虫歯」と診断された場合、歯科医師が「治療しない」という判断を下す背景には、いくつかの専門的な理由と基準が存在します。まず、虫歯の進行度合いが最も重要な判断基準となります。虫歯は、歯の表面のエナメル質が溶け出す「脱灰」から始まります。ごく初期の虫歯、いわゆる「CO(シーオー:初期う蝕)」と呼ばれる状態は、エナメル質の表面が白濁したり、わずかに茶色っぽくなったりする程度で、まだ穴が開いていない段階です。このCOの状態であれば、適切な歯磨きやフッ素塗布、食生活の見直しなどによって、歯の再石灰化(溶け出したミネラルが再び歯に取り込まれる現象)が促され、自然治癒する可能性があります。このような場合、歯科医師は削って詰めるという侵襲的な治療を避け、経過観察を選択することが一般的です。なぜなら、一度歯を削ってしまうと、どんなに優れた材料で修復しても、元の健康な歯の状態に戻ることはなく、将来的に再治療のリスクも伴うからです。歯科医療の基本的な考え方として、できる限り自分の歯を削らずに長持ちさせる「MI(ミニマルインターベンション)」という概念があり、この考え方に基づき、不要な介入は避ける傾向にあります。また、虫歯の活動性も判断材料の一つです。小さい虫歯であっても、進行が非常に遅い、あるいは停止している「静止性う蝕」と判断されれば、急いで治療する必要はないとされます。これは、患者さんの唾液の質や量、セルフケアの状況、食生活など、様々な要因によって虫歯の進行速度が変わるためです。歯科医師は、レントゲン写真や視診、触診などを通じて、虫歯の深さや広がり、進行の速さを見極め、治療介入のタイミングを慎重に判断します。さらに、患者さんの年齢や全身状態、口腔内の他の歯の状態、そして患者さん自身の希望やライフスタイルも考慮に入れられます。例えば、矯正治療を控えている場合や、全身疾患の治療との兼ね合いで、虫歯治療の優先順位が変わることもあります。
小さい虫歯なのに治療しない?歯科医の判断基準とは